

「誰を推せばいいのかわからない」
これ、JO1を長く追ってきたファンから最近よく聞く言葉だ。
デビュー当初は『PRODUCE 101 JAPAN』という圧倒的なストーリーがあった。国民プロデューサー、通称“国プ”が選んだ11人──この一点だけで、グループの存在意義が成立していた。
でも今、その「神話」に頼れなくなったとき、改めて見えてくるものがある。
それぞれの個性が尖っているのに、グループになると散っていく。
全員を活かそうとするほど、誰も立てられなくなる。
この「全員センター・全員主役」体制は、今や諸刃の剣だ。
メンバー格差のない「理想」と、その弊害
JO1はメンバー格差が少ないとされてきた。実際、センターは楽曲ごとに変わり、MVや露出もバランスを意識している。でも、それが逆に「誰がJO1の顔なのか」分かりにくくしている要因でもある。
ソロ仕事もあるにはあるけど、明確な“飛び抜け”が生まれにくい構造。
だからこそ、ライト層が定着しにくい。
SNSでは誰かが一瞬話題になっても、それが次の活動にうまく接続されない。
メンバー全員が優秀だからこそ、「平均点が高いけど突出しない」ジレンマに陥っている。
コンセプトと楽曲の「器用さ」が、逆に首を絞める
JO1の曲は良い。パフォーマンスも高い。
でも…じゃあ、それが「JO1っぽい」と言えるかというと、疑問が残る。
K-POP風、ダンス中心、EDM調、バラード、J-POP寄り。
多彩なのは事実だけど、そのどれもが「誰でもできそう」に見える危うさがある。
結局のところ、「あの曲はJO1じゃなきゃ無理だったよね」という名刺曲が、まだない。
これがSEVENTEENやStray Kids、BE:FIRSTあたりと差がつくポイントだ。
薄れゆく「国プの絆」とファンダムの分裂
時間が経つほど、オーディション番組で得た共通体験は風化していく。
そして今、ファンのあいだでは「誰のためのグループか」という意見が割れ始めている。
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デビュー当時からのガチ勢は「初心を忘れないで」と言い、
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新規は「この曲、誰がセンターなの?」と戸惑い、
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メンバー個人にハマったファンは「ソロ活動をもっと見たい」と離れがち。
かつて“国プ”が育てたはずのグループが、ファンダムの居場所を絞りきれずにいる。
JO1という実験の終着点は?
JO1の面白さは、バランス型アイドルの「理想形」を追い続けた点にある。
でもそれは、実はとても難しい形でもあった。
誰もが輝いてほしいという気持ち。
誰も置いていかれないという正義感。
でも、グループは競争があって初めて熱を生む。
JO1というグループが次に進むには、
そろそろ「全員を大事にする」という前提を崩すタイミングかもしれない。







