2025年、ATEEZは世界を舞台に快進撃を続けている。
米ビルボード、コーチェラ、ヨーロッパのスタジアム公演──
「次のBTS」との声すら上がるほど、彼らの勢いは止まらない。
でも──
その裏で、こんな声も増えている。
「気づいたら、距離ができてた」
「最近のATEEZ、なんか“遠い存在”になったなって思う」
世界的成功が生んだ“ファンダム分断”
ATEEZは、もともとファンとの距離が近いグループとして知られていた。
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SNSでの交流
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ファンへのレスの多さ
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メンバーの素朴さ
そうした“近さ”が、初期ファンを熱狂させていた。
けれど2024年以降、ワールドツアーとグローバル活動が本格化するにつれ、
韓国ファン、日本ファン、欧米ファンの間で、“優先度の違い”が生まれ始めた。
「アメリカばっかり」
「日本公演、なんでこんなに少ないの?」
「前みたいにVLIVEとか来てくれなくなった」
それは、グループが“近い存在”から“観る存在”へ変わっていく瞬間だった。
成功するほど「人間味」が削がれていく矛盾
ATEEZは、プロフェッショナルだ。
ステージでは完璧、ビジュアルも文句なし。
でもその“完成度”が、逆に“人間らしさ”を遠ざけてしまった。
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ステージは派手になったけど、舞台裏の姿が見えなくなった
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メディア露出は増えたけど、メンバーの言葉が減った
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個性よりも、グループとしての「ブランド感」が前に出るようになった
「昔は“仲のいい男の子たち”って感じだったのに」
「今はなんか、スターって感じで…近寄れない」
それは、“スター”としての成功と、“推し”としての親しみのジレンマだった。
「乗り遅れた気がする」ファンが感じる疎外感
グローバル化、完成度、世界観。
すべてが進化しているはずなのに、
ファンの中にはこんな気持ちが生まれている。
「あのころのATEEZを知ってるのは、もう一部だけなんじゃないか」
「最近好きになった人に、どこか負けた気がする」
「今さら“好き”って言っていいのか分からない」
これは、ファンダムの中で静かに起こっている“世代交代”の傷とも言える。
ATEEZは“世界”と“個人”の間で揺れている
グループとしてのATEEZは、間違いなく成功している。
でもファン一人ひとりにとっての“ATEEZ”は、
少しずつ姿を変えているのかもしれない。
どこまでも大きくなる彼らを、
自分の「推し」だと思い続けられるか──
それは、今のファンにとって最もリアルな葛藤なのかもしれない。





